生活医学講話47
癌のドーマント(休眠)療法1
大西 秀典(ストレスクリニック・おおにし内科 院長)
肺癌の成長がぴたりと止まった
Aさんは65歳の自営業です。3年前に直径1cmから2.5 cmの腫瘤が両肺に併せて6個
見つかり、肺癌と診断され、県の癌センターに入院しました。治療は化学(抗癌剤)療
法しかないと云われました。しかし腺癌と云って抗癌剤の効きにくい癌です。3クール
の抗癌剤の治療を受けましたが、余り効果がありませんでした。途方に暮れていた時に、
癌患者の為の「発酵果実食グル−プワーク」を開催することになり、それを伝え聞いて、
参加されました。グループワークで習得した肝臓腎臓脾臓の手当法と、天然酵母飲料の
飲用とキノコ類の健康食品に絞り実行しました。その後癌の成長はぴたりと止まったの
です。
何故でしょう。一番大きな要因は、納得出来ないことを有耶無耶にしない生き方にあ
りました。というのは、それ以前に健康診断で受けた胸部レントゲン写真で癌を見逃さ
れていたのです。癌と宣告され、癌センターでの治療もはかばかしくなく、落ち込んで
いたのですが、グループワークで元気が出たところに、誤診されたことを知り、俄然フ
ァイトが出て、病院を訴えたのです。そしてとうとう昨年末にAさんの主張が認められ
たのです。その間のAさんの闘志は大変なものでした。それが免疫力をパワーアップす
る原動力になったのでしょう。
6年目の転移
BさんがHさんの紹介で病院に来られたのは、昨年の夏の盛りでした。Bさんは50代
後半の女性で団体職員です。一昨年の7月頃よりひどい咳が出始め、当時かかっていた
耳鼻科で咳止めを処方してもらい、薬を飲めば少し治まる状態で夏を越しました。10月
になっても咳が止まらないため、総合病院を受診。諸検査の結果右肺に影があり、肺癌
の疑いがあるので、精密検査を受けることになりました。気管支ファイバーで細胞の検
査(生検)を行いましたが、癌細胞は出ませんでした。しかし主治医は肺癌に違いない
から、直ぐに抗癌剤による治療をしましょうと迫ります。そこを振り切って退院し、民
間療法の「○○水」と「○○エキス」を飲み始めました。徐々に咳も軽くなりましたが、
1年立った頃に突然熱が出て3週間続き、近くの医院から抗生物質を処方され、それで
やっと解熱しました。それから味覚がおかしくなり食欲不振になりました。以前の総合
病院を受診するとCTスキャンを撮り、昨年に比べて倍以上に癌は大きくなり、肺自体
は3分の2の大きさになっていると、それ見たことかと言わんばかりに告げられ、ショ
ックと悲しみと怒りですっかり体調が悪くなってしまいました。
診察室に来られたときは食事が喉を通らなくなって衰弱し、酸素吸入が必要で、死を
覚悟してこられたような状態でした。直ぐに入院して治療することにしました。右肺は
萎んでしまい(無気肺)、胸水がいっぱい貯まって食道が大きく左にずれていました。
このために食事が喉を通らなかったのです。2週間の治療で胸水が取れると劇的に良く
なりました。酸素吸入も必要なく、食道がまっすぐになったために食事もどんどん食べ
られるようになり、元気に退院されました。入院中から天然酵母飲料の飲用とサリドマ
イド療法を(羽田クリニックの羽田正人先生のご協力で)開始。退院後は肝損腎臓脾臓
の手当をご主人に毎日してもらっています。
肺の腫瘤はそれ以上大きくならず、胸水も新たにたまることはありませんでした。10
月には職場に復帰し、2階にある自分デスクまで歩いても息切れしなくなりました。
しかしながら10月中旬の検査で肝臓に直径2cmの腫瘍が2個見つかり、少しずつ大き
くなるため、今年になり血管内治療を受けてもらうことにし、横浜にあるクリニカET
の奥野哲治先生に紹介しました。丁度その頃腰痛も始まり、クリニカETでのMRI検
査で胸椎と腰椎に骨転移が見つかり、乳癌の腫瘍マーカーをチェックしたところ値が上
昇しており、肺癌ではなく乳癌が脊椎と肺と肝臓に転移したと分かりました。Bさんは
8年前に乳癌になり手術とその後の2年間の抗癌剤の治療を受け、術後5年の検査で癌
が見つからなかったため、乳癌は治癒したと云われていたのです。
奥野先生の血管内治療は独自の方法で、癌の新生毛細血管を潰してしまう治療方法で
す。この血管内治療とレトロゾールというホルモン療法により、骨の痛みは無くなり、
肝臓の腫瘤も小さくなり、腫瘍マーカーも陰性となったのです。Bさんはまた元気に働
いています。
攻撃的治療から休眠療法へ
癌の三大治療は手術、放射線、抗癌剤です。これらの治療の目的は癌腫瘤の除去ある
いは縮小です。転移とか周りの組織への浸潤のない早期癌に関しては、外科的手術、内
視鏡的手術により容易に癌を取り除くことが出来ます。しかしながら、早期癌は全てが
進行癌になるとは限らないと言う意見もあり、「早期癌を手術で取り去るとはなんと野
蛮な医療であったか」と言われる時代が来るかも知れません。また転移とか癌性腹膜炎
などを起こした進行癌では手術では癌を取り除くことが出来ないため、手術を行わない
か、症状を軽減するための緩和手術となります。
放射線療法は放射線に感受性のある癌に対して行われます。この場合放射線の副作用
が問題となります。治療直後の白血球の減少、皮膚炎などの他、時間がたってから起こ
る放射線による発癌も問題となっています。転移した癌に関してはやはりメリットより
デメリットが多いので、行われないことが多いのです。
抗癌剤による治療を化学療法と云います。化学療法の目的は多くの場合手術や放射線
で取り除けない癌の縮小にあります。従って進行癌に使います。しかしながらどのよう
な抗癌剤でもその効果は最大50数%の縮小効果に留まります。全部取り除くことは無理
なのです。そしてやがては抗癌剤が効かなくなります。あるいは副作用のため使用を中
止しなければならなくなります。止めると癌は反跳するように爆発的に増えることが多
いのです。従って化学療法では癌は治せない、しかも癌を小さくして延命効果をねらっ
たつもりが、かえって死期を早める結果になるかも知れないのです。
そこで癌とりわけ進行癌に対する治療戦略が見直されるようになったのです。即ち医
師中心の医療である攻撃的治療から、患者本位の治療である癌との共存療法、癌のドー
マント(休眠)療法に大きく舵を切ろうとしているのです。
休眠療法の種類
大きく分けて、休眠そのものを誘導する治療と再燃の遅延が得られる治療があります
(表1)。
表1 血管新生抑制はサリドマイドがそのパイオニアとなりました。癌は直径3mm以上にな
ると独自の栄養血管が必要になり、毛細血管の新生を促す物質を出して、血管を作り出
します(図1)。サリドマイドはこの血管新生を阻害する働きがあります。現在その他
4種類くらいの新しい血管新生抑制剤の臨床試験が米国で行われています。奥野先生の
血管内治療はこの方法の有力なひとつです。
図1 アポトーシス(細胞自己死)誘導は低用量の経口抗癌剤などによる方法です。
乳癌、前立腺癌、子宮癌、卵巣癌などは性ステロイドホルモン依存性に発育し、ホル
モン作用を取り除くとこれらの癌は成長できなくなります。これが内分泌療法です。B
さんの飲んでいるレトロゾールは男性ホルモンが女性ホルモンに変わるのを阻止する薬
です。
分子標的治療は癌細胞に特異的な細胞の成長に関する酵素反応をなどじゃまして癌細
胞の増殖を防ぐものです。乳癌に対するハーセプチン、非小細胞肺癌に対するイレッサ
が代表選手です。
温熱療法は癌細胞が42℃から43℃で死んでいく性質を利用したものです。これには遠
赤外線による全身加温、電磁波による癌局所への加温、ピシバニールなどの発熱作用物
質による発熱の方法があります。
再燃の遅延が得られる治療の代表は免疫療法です。これには天然酵母飲料、キノコ類
の摂取による腸管免疫賦活療法、丸山ワクチンなどの免疫療法、リンパ球を取り出して
活性化した後に身体に戻す免疫療法などがあります。
低用量化学療法は非常に少ない量の抗癌剤を長期に渡って使う方法です。
悪液質改善は癌が発生する活性酸素を除去する抗酸化物質を使う方法などがあります。
化学療法剤に対する耐性阻止剤は抗癌剤が効かなくなるのを防ぐ薬物を抗癌剤と併用
する方法です。
精神神経免疫療法は精神的な転換により免疫系を賦活する方法です。Aさんの場合は
これです。
東京都老人医療センターの五五三四人の剖検例(死後、病理解剖をしたケース)の分
析結果、70歳代の剖検時担癌率(死亡時に何らかの癌を持っていた率)は54%、80歳代
では48%、90歳代では44%でした。すなわち70歳以上の高齢者の約半分の人は癌を持っ
ているということになります。また、高齢者の癌で死亡する割合は約三割です。従って
高齢者で死に繋がらない癌を持っている人が約二割いるわけです。これらの人は癌と共
存して寿命まで生きたと言えます。さらに、90歳以上の超高齢者に見られる癌の中には、
放っておいても、苦痛もなく、あたかも天寿を全うするように、その人を死に導く癌が
あることが分かってきました。これを天寿癌と云います。
癌との共存こそこれから取り組むべき癌医療の方向でしょう。その中心となるのが休
眠療法です。今、癌医療は大きく変わろうとしています。