生活医学講話48
癌のドーマント(休眠)療法2
大西 秀典(ストレスクリニック・おおにし内科 院長)
今回は前回の講話を補足してもう少し詳しくお話ししましょう。癌患者の死因
癌患者はどの様に亡くなるのでしょうか。大きく分けてその死因は4つあります。
1.免疫力低下による感染症(肺炎、敗血症など)
2.悪液質
3.臓器不全(呼吸不全、肝臓不全、腎不全など)
4.出血
さてこうした進行癌に対して癌の三大療法(手術療法、放射線療法、化学療法)はどの様に働くのでしょうか。これを表にしてみました(表1)。
免疫力低下
免疫力低下に関しては、放射線療法が一番悪く影響します。次いで化学療法、手術療法
の順です。放射線療法、化学療法により白血球が減ります。白血球の内、顆粒球は細菌に
対する防衛を担当しますが、ウィルスと癌細胞に対する戦力はリンパ球です。癌患者では
リンパ球が少なくなっていることが多いのですが、さらにこれらの療法で下がってしまい
ます。白血球が少なくなると、顆粒球を増やす注射をし、また抗生剤の投与を行います
が、抗生剤の効きにくいMRSAとか、緑膿菌あるいは普段病原性のない細菌による日和見感
染を起こし、命を落とすことが少なくありません。さらに、ここで困ったことに、顆粒球
を増やす薬はあるのですが、腫瘍免疫を担当するリンパ球を増やす薬がないことです。
従って、放射線療法と化学療法は敵味方入り乱れる戦場に核ミサイルを撃ち込むような結
果になっていまいます。そこから、癌細胞の再増殖が早いか、リンパ球の回復が早いかの
競争になります。しかしながら、現代医学的考え方としては、今まで免疫系が癌を抑えら
れずにここまで広がったのだから、今更免疫系で抑えられるわけがないというものです。
そうした奢りは最近は見直され、免疫療法として研究が進み、ドーマント療法の支柱のひ
とつとなってきたわけです。
悪液質
次に悪液質(あくえきしつ)です。悪液質とは主として栄養失調に基づく病的な全身の
衰弱状態で、全身衰弱、るいそう(極度のやせ)、瞼や足のむくみ、貧血などを認めま
す。重症の結核、糖尿病、内分泌疾患、血液疾患なので見られることがありますが、それ
らの病気に対する治療が進んだので、現在では専ら癌の末期で認められる病態です。
悪液質の仕組みは後で触れますが、要因のひとつが活性酸素の大量発生と考えていま
す。放射線療法および化学療法を行うとさらに多量の活性酸素が発生します。従って悪液
質の状態が一段と悪くなります。
臓器不全
三番目は臓器不全です。臓器不全は二つのタイプがあります。ひとつは解剖学的な理由
によるタイプ。例えば肝癌が肝臓の大部分を占めたり、肺癌が気管支を塞いで肺が萎んで
しまった(無気肺)ような場合です。もう一つは生化学的理由によるタイプ。これは悪液
質による臓器不全です。
何れの場合も、化学療法の悪影響が一番強く、次いで放射線療法です。
国立がんセンター中央病院薬物療法部の西条部長はこう言っています。「抗悪性腫瘍薬
(抗癌剤)に副作用(毒性)はつきものである。むしろ抗悪性腫瘍薬の主作用は造血障害
による白血球、血小板減少や食欲不振・吐気・嘔吐を主とする消化器症状であり、抗腫瘍
効果は副作用であると言いかえた方が正しいかも知れない。なぜなら、毒性は一定の比率
で発生するものの、抗腫瘍効果(腫瘍縮小)は単剤使用では約20%の症例に見られるにす
ぎない。これは抗悪性腫瘍薬の治療標的が、癌細胞のみならず正常細胞にも存在すること
による」。「抗悪性腫瘍薬の毒性が実質臓器(心・肺・肝・腎など)に認められた場合、
投与を中止せざるを得ない」。こうしたことからドーマント療法のひとつである分子標的
治療薬が開発されたわけです。しかしながら、肺に関しては分子標的治療薬の代表である
イレッサにも従来の抗癌剤と同じ程度(約3%)の肺毒性(急性肺傷害・間質性肺炎)が
認められたのです。なかなかうまくいかないものですが、他の臓器に対する毒性、副作用
は少ない、あるいは軽いのが特徴です。
出血
最後は出血です。癌性潰瘍などによる局所的出血は外科的処置にて止血できる場合もあ
りますが、消化管の粘膜から広い範囲に渡ってじわじわ出血する場合はほとんどの場合止
めようがありません。こうした広範囲の出血は血を止める働きをする血小板が少なくなっ
ていることが多く、放射線療法も化学療法もこれを促進します。
このように進行癌に関しては、三大療法、特に放射線療法と化学療法は患者の死因に対
し、悪影響があるわけです。
こうしたことから、ドーマント療法の研究・開発、見直しが行われたわけです。
悪液質の改善
ドーマント療法の悪液質改善について、詳しく見てみましょう。
癌は宿主から栄養を奪い取り、トキソホルモンという毒素を出して食欲を無くして栄養障害に陥らせ、また活性酸素を多量に発生することにより、様々な臓器の障害を引き起こします。
まず栄養障害ですが、癌細胞は正常細胞と同様にブドウ糖をエネルギー源として使いま
す。癌細胞が正常細胞と違うところは、正常細胞の約10倍のブドウ糖を取り込んで増殖の
エネルギー源にしていることです。癌細胞は脂肪や蛋白を分解させて肝臓で糖を作り出す
代謝回路を造ります。そうして、必要なブドウ糖を得るのです。その結果、身体はやせ衰
え、癌ばかりが増大していくわけです。その糖を作り出す代謝のカギとなる酵素を阻害す
る物質が見つかり、癌の代替医療のひとつとして注目されています。それは硫酸ヒドラジ
ンという化学物質で、従来よりロケット燃料、殺虫剤、さび防止剤の原料として、広く使
われていたものです。FDA(米国食品医薬品局)は硫酸ヒドラジンを癌治療薬としては認
めていませんが、米国では健康食品として販売されています。
悪液質の発生には免疫系の細胞が産生するTNF(腫瘍壊死因子)-αというサイトカイ
ン(免疫活性物質)も関与しています。TNF-αは元々は癌細胞を破壊する作用がある物
質として認められ、「腫瘍壊死因子」と名付けられたのです。この物質は腫瘍などの
TNFレセプターにくっついて、その細胞を細胞死(アポトーシス)に導くのですが、そ
の他に血管の内側にある内皮細胞を傷害して、血管の透過性を高め血漿が血管外に漏れる
状態を引き起こします。これによりさらに炎症が引き起こされ、さらに、TNF-αが産生
されと云う悪循環が起こります。DIC(播腫性血管内凝固症候群)を引き起こし、慢性関節
リュウマチ、アトピー性皮膚炎の炎症にも深く関係しています。脂肪細胞からも分泌され
て、糖尿病のインスリン抵抗性(インスリンが効きにくくなる)を高めたり、高血圧を誘
発したりと、多彩な作用があります。
このTNF-αの産生を抑える薬として脚光を浴びているのがサリドマイドです。サリド
マイドは癌や慢性関節リュウマチの血管新生を抑え、悪液質を改善する効果が認められて
います。植物ではシソに含まれるフラボノイドの「テリオン」にTNF-αの産生を抑制す
る効果が強く、抗炎症、抗アレルギー効果も高いことが分かっています。逆にほうれん草
にはTNF-αの作用を10倍に活性化する物質が含まれ、癌、アトピー性皮膚炎、リウマ
チ患者は避けた方がよいとされています。
なお、このTNF-αの抗体が薬として開発され、中等度以上のクローン病(難病である
炎症性腸疾患のひとつ)の治療に使われ、またリウマチ患者にも試験的に使われていま
す。
悪液質に関与する物質に「トキソホルモン」があります。トキソホルモンは癌細胞が出
す毒素のようなものです。この物質は脂肪細胞の脂肪の分解を促進したり、食欲不振を引
き起こします。それにより、悪液質では、食欲不振で食べられなくなり、またやせが進行
することになるのです。
薬用人参に含まれるサポニンの一種であるジンセノサイドがトキソホルモンの作用を強
く阻害することがわかりました。従ってニンジンを沢山含み、免疫賦活作用もある十全大
補湯や補中益気湯を、悪液質の患者さんには使います。
トキソホルモンと非常に似たホルモンに脂肪細胞が分泌するレプチンがあります。レプ
チンは食欲を低下させ、脂肪細胞の脂肪の分解を促進します。このレプチンの作用を抑え
るのがグレリンです。グレリンは胃の粘膜脂肪から分泌される成長ホルモン分泌促進因子
です。悪液質の人はこのグレリンの血中濃度が低下し食欲不振の原因のひとつされていま
す。重症の食欲不振の治療薬として、グレリンは現在臨床試験が行われています。
さて、TNF-αにしろ、癌細胞が壊死した際にしろ、最終的には活性酸素が発生し、こ
れが細胞に様々な障害をもたらします。進行癌、とりわけ悪液質では活性酸素が多量に発
生します。それを消去するためにビタミンE、C、グルタチオン、ポリフェノールなどの
抗酸化物質が沢山必要です。グルタチオンは動物性抗酸化物質の代表ですが、酵母に沢山
含まれています。
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