生活医学講話52

癌の自然治癒とドーマント療法

大西 秀典(ストレスクリニック・おおにし内科 院長)

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自然治癒の確率

 さて、癌の自然治癒ということはあるのでしょうか。特別な治療をしないのに癌が消え

てしまい、長い間それが続く様なことが起こりえるのでしょうか。これがあるのです。こ

れまでの研究から、癌患者6万人から10万人に1人の割合で自然治癒が起こることが分か

りました。日本では毎日1200人から1300人が癌と診断されていますので、46日から83

日に1人の割合で自然治癒が起こっている勘定になります。

 

自然治癒(退縮)とは

 自然治癒、自然退縮、長期寛解など自然治癒に関連した言葉が幾つかありますので、整

理をしておきます。といっても、聖マリアンナ医科大学の星教授が1997年に提唱されたこ

とを簡単にまとめただけですが。

1.癌(悪性腫瘍)と病理学的に(細胞の検査で)あるいはCTスキャンなどの殿画像診断

で確認されていること

2.自然治癒とは抗癌剤などの治療効果消失後、少なくとも10年以上、あるいは亡くなる

最後に癌が完全に消えている場合

3.自然退縮とは治療効果消失後、癌が消えてしまっている状態が1年以上続く場合

4.長期寛解とは治療効果消失後、癌が70%以上の小さくなって、それから大きくなった

り転移が起こったりせずに1年以上続いた場合

5.上記のいずれも腫瘍の大きさは画像診断を含めて臨床的に確認し、また患者の社会復

帰が可能でなければならない(癌が消えていても、寝たきりでは意味がない)

 米国のコーレ教授が発表した自然治癒例の内、癌が消えていた期間別の患者数を見ます

と、10年以上の狭い意味の自然治癒は22人(15%)、1年以上の自然退縮は95人(64

%)です。従って以後広い意味の自然治癒を意味する自然退縮という言葉を使います。

 

自然退縮を起こしやすい癌(悪性腫瘍)

 癌の種類により自然退縮を起こしやすいものがあることが分かっています。まず、腎

癌、神経芽腫、絨毛上皮癌、悪性黒色腫、膀胱癌の5つで自然退縮を起こした例の40%を

占めます。次いで白血病、悪性リンパ腫、神経芽細胞腫、乳癌の4つで全体の30%を占

め、合わせて70%となります。これらに共通するのは、抗癌剤、放射線、免疫療法がよく

効くということです。逆に言うと、抗癌剤とか放射線療法で治りやすい癌は、元々治りや

すい性質を持っていると言えます。例えば腎癌と悪性黒色腫の場合、養子免疫療法(癌患

者からリンパ球を取り出し、活性化、増殖をして、また体内に戻す免疫療法)で20%〜30

%の割合で癌が消えてしまうのです。さらに悪性黒色腫の腫瘍内にBCG(ウシ型結核菌に

よる結核ワクチン)を注射すると90%の割合で腫瘍が小さくなるというデータがありま

す。

 

自然退縮の仕組み

 癌の自然退縮が起こったケースを調べてみますと、幾つかの共通した切っ掛けがあある

ことが分かりました。

1.高熱を伴った感染症

2.手術、生検(細胞を採る検査)、外傷

3.内分泌疾患、妊娠、出産、閉経、卵巣摘出

4.放射線照射(癌治療以外の目的で)

5.輸血

6.アレルギーの発生

7.BRM(生体応答調節剤)、免疫刺激

8.実存的転換(癌になったことを前向きに受け止めて、生き方を変える)

 高熱を伴った感染症が起こると、高熱により癌細胞のアポトーシス(生理的細胞死)が

起こり、また、免疫系に対し大きな刺激となり、免疫系のパワーアップが起こります。手

術、生検、外傷では免疫系のみでなく身体全体の自然治癒力が賦活されます。内分泌関係

では、女性ホルモンで成長が加速される乳癌は卵巣を摘出して女性ホルモンが分泌されな

くなると、成長が止まるだけでなく、癌細胞にアポトーシスが起こることが分かりまし

た。また、甲状腺機能低下により癌が消えた場合もあります。放射線の照射も少量であれ

ば却って自然治癒力の賦活となることがあります。輸血に関しては血漿中の免疫グロブリ

ンが関係したのかも知れません。アレルギーも免疫系の過剰反応です。BRMは漢方薬、キ

ノコ類などの代替療法に使われるものが主です。天然酵母飲料もこの働きがあります。こ

れらは、主に腸管免疫系を通して免疫系を賦活します。8は後で具体例をお話しします

が、これも自然治癒力の強力な賦活となります。これらをまとめると、自然退縮を起こす

仕組みは、次の五つになります。

1.免疫系の賦活

2.内分泌的影響

3.アポトーシスの発現

4.精神・神経・免疫学的仕組み

5.癌細胞の分化の誘導

 5は癌細胞が普通の細胞に戻る現象です。ビタミンAの誘導体である非環式レチノイドは

肝臓癌細胞の分化を促し、その結果正常細胞に導くことが岐阜大学の森脇久隆教授他の研

究で明らかとなりなりました。肝臓癌患者で非環式レチノイドの服用しているグループと

服用していないグループでは5年後の生存率で20%、7年後の生存率で35%の差が認めら

れました。副作用もほとんど無く安全に使える非常によい薬ですが、薬事法の決まりか

ら、一般の癌患者が非環式レチノイドを使うことが出来るのは後5年以上待たねばなりま

せん。肝臓癌患者である三浦捷一医師は、一刻も早く全ての肝臓癌患者とC型肝炎の患者

(肝臓癌の予防のため)にこの薬が使えるようにするための運動を戦っておられます。

 

精神・神経・免疫学

 九州大学医学部に心療内科を創設した故池見酉次?名誉教授は日本で初めて癌の自然退縮

に関する研究を行いました。その中で、福岡近郊から5人の自然退縮患者を見つけ出し

て、詳しい調査を行った結果、実存的転換により自然治癒力の活性化が起こっていると結

論しています。

 

Hさんのこと

 Hさんは38歳の時に肝臓癌、肺転移と診断され、余命数ヶ月との宣告を受けました。悩

んだ末に抗癌剤治療は受けずに、それまでの勤務先を辞め、一家で丹波の山奥に引っ越

し、玄米菜食を中心とした自然療法を行うことを決断し、実行しました。その生活を始め

て6ヶ月後には10個以上あった肺の転移巣が小さくなってきました。1年後には肝臓の原発巣も消え、そして4年後には肺転移巣はほとんど消えてしまったのです。肝臓癌が転移

巣もろとも自然退縮したのです。その間に夫婦の病気体験を活かして、「食養法を広めな

がら、病気で困っている人たちにアドバイスしながら飯が食えたらありがたいな」と自然

食品店を始めました。

 ところが、56歳の時に18年間の沈黙を破り、突然血を吐き、検査の結果肺癌と分かりま

した。「(最初の癌が)治ってからはお酒をようけ呑んで、夜更かしを続け、煙草もたく

さん吸っていた。最近ではビールの量が増えていました。それに家庭内のことや仕事のこ

とでストレスもたまっていた。それがいかんかったんでしょうな」と「がん患者学」とい

う本の中で語っています。また、養生を再開したのですが、今度は手強く、58歳の時に再

び大喀血をし、私のクリニックに来られました。

 両肺に巨大なブラがあるため、もし手術をすると、呼吸不全でベットから離れられなく

なる可能性があり、手術をせずに代替療法で行くことにしました。その時点での平均余命

は6〜9ヶ月。

 当初、迷いが診て取れました。ご夫婦の間にもわだかまりがありました。しかしその年

の7月と8月に夫婦で四国へお遍路に行ったのが転機となり、腫瘍は中心部からアポトー

シスを起こし死んで行き始めたのです。そして翌年の4月から癌が引き起こしていた関節

痛が消え、腫瘍マーカーも下がってきたのです。この間お互いの性格に慣れと諦めの関係

が根付いていたのが、私の治療で触発され、表面に出て対立することがあり、お互いに苦

しまれたようです。奥さんが一人でクリニックを訪れ、涙を流したことも何度かありまし

た。それでも奥さんは懸命になって「肝臓腎臓脾臓の温冷湿布法」を始めとする手当をさ

れました。お互いの心の底に押し込まれていた愛が少しずつ力を取り戻し、少しずつ育っ

ていったようです。夫婦の間で心が通い合い、Hさんは不安と焦燥感がずいぶん小さくなっ

たようでした。すると息子さん達とも心が通い合うようになったのです。長男が「親のエ

ゴの犠牲になるのは嫌だ」と反発していたのが、「親父の跡を継ぎたい」と変わってこら

れたのです。これは父親にとって何よりうれしいことです。

 しかしながら、翌々年になり、運命はもう一度Hさんに試練をもたらしました。癌の本体

は小さくなって来ていたのに、一部が気管支を閉塞して、気管に頭を出したのです。その

ため気管が狭くなり、出血が止まらなくなってきたのです。それでも自然治癒力を主とす

る治療を続ける道をここでも選択しました。

 そして8月のある朝、吹っ切れたようになり、奥さんに人生を振り返って、まとめを

し、お別れの言葉を残されました。今日まで生かされてきたことの感謝を述べ、「愛して

いる」と口にされたのです。表情は柔和で澄み切り、また食事の時にユーモアのあるやり

とりがありました。夫婦があるいは人と人が本当に分かり合う、愛するということがどう

いうことか奥さんも体感されたようです。その翌日に家族が訪れたときに意識が戻り、そ

れぞれに遺言をし、その後再び眠り、逝かれました。

 市井の人でありながら、まさしく苦行を耐えて、悟りの境地に達せられたと感じまし

た。現代のような経済主義の世の中では希有な例でしょう。困難な中で自分の筋を通さ

れ、実に人として見事な生き方であったと思います。癌になったからこそ、そして癌に

なったにもかかわらず、実現した人生であったと思います。

 

 

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