「『食』と『性』で健康」 第二章「東洋の養生医学と西洋の予防医学」(1)現代医学の予防とは

当法人の名誉理事長である多田政一博士の著書「『食』と『性』で健康 なぜ成人病は治らないか(1986年出版)」の内容を連載で掲載いたします。

※2025年まで発行していた機関紙「生活医学ジャーナル」Vol.766掲載内容の続きの内容になります。生活医学ジャーナルの内容は、今後オープン予定の会員専用ページでご覧いただけます。

 

第二章 東洋の養生医学と西洋の予防医学

現代医学の予防とは

予防と早期発見

現代の成人病(生活習慣病)というのは、まずその代表である癌ひとつとってみても、いざ発病した後の治療になると、メスと薬ではただ延命ないしは救急的効果しかなくて、非常に困難をきわめ、いわゆる死病であるという恐怖が多くの人を襲っています。ということは、治療医学では癌はどうしようもないから、結果として予防医学ということが非常に重要だといわれだしてきたというわけです。しかし、この予防ということは西洋医学では歴史的にも非常に重視されてきたのであって、西洋のことわざにも「予防は治療に勝る」とか「予防の1オンスは治療の1ポンドに値する」と示されています。

なるほど、癌は死病であり、不治の病であるから、予防するより手がない。では予防とはなにかというと、現在のところ癌についていえば、癌がごく小さい芽のうちに発見して、これをメスでとり除くこと、あるいはまた、時と場合によっては、放射線とか薬物でこれを早くやっつけることだと解釈されているのです。しかし、これは今後いったいどうなるのでしょう。

まず、早期発見の方法は日進月歩の発達をみせ、今日までのところ、いくつかの癌の集団検診の方法が確立されています。たとえば胃癌であれば、胃のレントゲン検査で微妙な陰影の異常から、胃カメラ検査を行なって怪しい部分から粘膜細胞をとってきて、顕微鏡下で癌細胞であるか否かを識別する。あるいは子宮頚癌(子宮の出口の部分の癌)では、その頸部の部分の粘膜を特殊な棒状の器具で軽くこすって、細胞を付着させてとってきて、顕微鏡で見る。また、肺癌の場合には痰を集めて、この中の細胞を染めだして顕微鏡でチェックするのです。

しかし、これらの方法は手間暇がかかりますが、最近開発された方法では、レーザー光線をこれらの粘膜に当てると、癌細胞だけが螢光を発して、正常細胞と区別できるので、これがもっと進めば、従来は顕微鏡を使って熟練者が一日数十検体しか処理できなかったのが、コンピューターと連動して、一日に数千の検体を処理することも可能になるでしょう。

さらに、肝癌とか結腸癌などでは、癌細胞がごく微量ながら特殊な酵素とか抗原物質をつくりだし、これを腫瘍マーカーと呼んでいますが、ほんのわずか採血して、血液中にこれらを見つけだすことができるようになりました。現在はまだ一部の癌にしか適用できませんし、どこに癌があるかまではわかりませんが、やがてこの方法も進歩してこれらの問題点も解決されることでしょう。

 

分子生物学と癌予防

しかし、そうして発見された場合にどうするかといえば、やはり見つけ出した癌腫なり癌細胞をメス、薬、放射線でやっつけるということしかできません。これでは予防というより、厳密にいえばまだ早期治療の範囲ですが、分子生物学の発達が癌予防の扉を開きつつあります。

と言いますのは、最近の遺伝子の研究から、われわれの細胞の遺伝子のなかには、もうすでに生まれたときから、癌化の遺伝子が組みこまれていることがわかってきたのです。ある人はこの遺伝子がスイッチ・オフ(切)のまま経過するので癌にならない。ところが癌になる人は、どういうわけかこの癌化遺伝子がスイッチ・オン(入)になり、癌になるのだと最近の分子生物学では考えられています。

とすれば、もっと研究が進むと、レーザー光線どころか、さらに進歩した光線分析装置というものが開発されて、コンピューターと連動して、遺伝子中の癌化遺伝子を容易に見つけだし、それがスイッチ・オフの状態か、オンになりつつあるのか認識することも、十年、二十年のあとには可能になるかも知れません。時期的なことを抜きにしても、かならず現代の分子生物医学の研究は、その方向に進んでいくのに相違ないのです。そうなると、今度はこうして発見された癌化遺伝子が、スイッチ・オンになりつつある状態を、何とかオフの状態に変えてやるような遺伝子操作の技術が、かならずあとを追いかけて開発されるに違いありません。

今日でもすでに、細胞融合とか遺伝子組換えといった遺伝子を操作するバイオテクノロジー(生命科学技術)というものが登場し、たとえば人間の遺伝子の一部を大腸菌とか酵母の遺伝子の中に持ち込んで、それらの微生物にインシュリンとか成長ホルモンなどのホルモンとかインターフェロンなどを大量生産させる技術が時代の脚光を浴びています。ですから前に述べた遺伝子操作による癌の予防ということが出現してくる可能性は十二分にあるわけです。

 

プロスタグラディンの発見

さて、もうひとつ予防医学の面で注目され、現代医学が全力投球で研究を行なっている分野があります。「生体情報学」ともいうべき分野で、ホルモンの研究がスタートとなって、人体の生理的な恒常性(ホメオスターシス)がいかに保たれるか解明しようとするものです。具体的に神経系、ホルモン系、細胞の酵素系、遺伝子といったものの相互関係、統合機構などを研究しているのですが、この過程でひとつの生理活性物質が注目を浴びて、ノーベル賞級の研究を、各国の研究者がしのぎをけずっているものがあります。プロスタグラディンと呼ばれる一群の物質です。これは最初ホルモンの一種として発見され、名づけられたのですが、その後の研究で、動物の全身に広く分布していて、非常に種類が多く、それぞれ生理作用が違うことがわかったのです。

たとえば、子宮の筋肉を収縮させたり、血管を拡張あるいは収縮し、血圧を上げたり下げたりし、血小板の凝集を誘起あるいは抑制し、胃液の分泌をおさえ、気管支を広げ、あるいは各種ホルモンの分泌を刺激するといった多彩な働きがあり、さらにプロスタグラディンは極微量できわめて大きな生物効果を持つ点では、これまで知られているホルモンなどの生体物質中で最も強力なことがわかったのです。

したがって、これを薬剤としてうまく使えば、事実一部はもう使われていますが、分娩を誘発したり、人工流産を起こしたり、避妊薬としたり、血圧降下剤、逆に昇圧剤、胃潰瘍の予防、治療薬、気管支喘息の予防、治療薬、あるいは動脈硬化からおこってくる血栓症の予防薬等として用いられる可能性が目前にあるわけです。

 

万能薬の陥穽

このようにプロスタグラディンは万能薬として脚光を浴びているのですが、こうした強力な生体物質を体の外から投与して、ホルモン系とか神経系の病的状態を早期に正常な状態に戻す、あるいは異常状態にならないように予防する、といった人工的な方法の将来は果たしてバラ色なのでしょうか。

ここで、かつて万能薬と言われた副腎皮質ホルモンが、長期連用するとそれを止めることが困難であり、またさまざまな重い副作用をさけ得ないこと、あるいは子供のできない人にホルモン剤である排卵促進剤を使ったところ、五つ児になったこととか、同じく女性ホルモン剤を組み合わせたピルの乱用が、女性の癌の発生率を高めたり、血栓症をおこすといったことがつぎつぎ発生したわけです。こうした過去の事実に照らし合わせると、いくら夢の薬とかいっても、人工的な方法で体内の生理的なホメオスターシスを保つということを推し進めていくと、かならず思わぬ問題がつぎつぎおこってくるに違いないのです。

同様に、先に述べた遺伝子操作などというバイオテクノロジーが、果たして万能となるものでしょうか。これはちょうど原子力問題とよく似ています。人類は核エネルギーを自由にコントロールする技術を開発しました。核兵器と原子力発電という二方向に発達しましたが、核兵器の方は、もし使うようなことがあれば地球の崩壊をきたすことになるでしょう。

一方原子力発電は、われわれに効率の高い、豊かな電力をつくりだし、われわれの生活をより豊かにする可能性をもっています。しかし、原子力発電の使用済み燃料の処分の問題とか原子炉の事故による放射能汚染の問題がおこってきたのです。この使用済みの放射性廃棄物は放射能を人工的にでないようにすることは不可能ですから、貯蔵するか、棄てるにしても放射能が漏れないように密封して深海か土中深くか、あるいは宇宙に棄てるほかないのです。それでも、いつ容器が破れて環境を汚染するやも知れず、また原子炉の数と稼働時間に比例して、これらの廃棄物も増える一方なので、生物の遺伝子に影響を与え、奇形とか発癌をもたらす、こうした放射線というものを、将来環境の中にまき散らすことにならないと、誰が保証できるのでしょう。

同様に、遺伝子を操作するというバイオテクノロジーというのは、野放しにするとどんな危険を人類にもたらすやも知れないというので、その管理は、抗生物質などの管理どころではなくて、すでに大きな政治社会的な問題としてとりあげられていることをご存知でしょうか。ましてや人間の遺伝子を直接操作して、成人病(生活習慣病)を未然に防ぐなどということは、まさに危険ないきづまりといえましょう。こうした人工的操作の発達は、逆に一利があって百害を伴うということに気づかなければならないのです。

このように西洋医学のいう予防医学というのは、究極的にはこうした人工的な技術を駆使して、細胞の中の遺伝子まで操作することによって、難病である成人病(生活習慣病)を芽の間に、つみとってしまおうということなのです。